「雪のあたたかさ」
東京ではめずらしい、まとまった雪の舞い積もる夜だった。
家庭教師のバイト先から、いつものように真っ直ぐ歩いて、中央線三鷹駅に着いた。
雪を払った傘を畳んで、南口の階段を登ろうとしたら、「こんばんわ」と言う優しい声が降ってきた。
赤い小さなパラソルを手にしながら、首を傾(かし)げて微笑(ほほえ)む彼女がそこに佇(たたず)んでいた。
驚きが嬉しさを追い越すままに「どうしたの?」と訊(き)くと、
「あなたの好きな雪、こんなに降ったから」…。
三鷹駅に連絡している支線の電車に乗って、多摩川近くにある終点の駅で降りた。
街灯がオレンジ色に染まって、風花のように軽やかに降りしきる雪の中を、
一つの傘にくるまりながら川沿いの道を二人歩いた。
左手には傘に積もる雪の重さを感じて。
右肩には寄り添う彼女の体温を感じて。
今も、雪の夜の風花をあたたかく感じる理由は、
あの時の幸福感と心のあたたかさを思い出すからなのです。